連合も法人税の引き下げを要望

Date: 2010/10/06 08:40;13 Comments:コメントは受け付けていません。

民主党の税制改正プロジェクトチームによる平成23年度税制改正要望の記事が今朝の日本経済新聞に載っていました。

その中で目を引いたのが、労働者の権利団体である連合が従来の法人税率の引き上げの主張をおろして、法人税率の引き下げを要望する方針に姿勢を変換したとの記事。法人税率を引き上げて法人の負担を増やし、所得税率を引き下げて個人の税負担を減らせというのが連合の伝統的な主張でしたが、法人による雇用の確保を目的として、法人税率の引き下げを公の場で初めて主張したとのことです。

労働者の雇用を維持・拡大していくためには、法人の税負担を引き下げてでも法人に雇用維持・創出の余力を持たせなければならないという判断が優先したのでしょう。連合はさらに踏み込んで、所得税の最高税率の引き上げ、給与所得控除に上限を定めることを要望に盛り込んだそうです。

民主党の有力支持団体である連合が法人税率の引き下げに方針変更したということは、確実にその方向に舵取りがなされていくでしょう。「法人減税、家計・個人増税、そして消費税率アップ」の路線は確実なようです。

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私と卓球・その3

Date: 2010/10/05 09:00;16 Comments:コメントは受け付けていません。

B区の区立小学校PTA大会の卓球大会は毎年11月23日の勤労感謝の日に開催されます。参加しはじめての2年目は、私も主力として全試合に参加しなければならない状況となってしまいました。

平日の夜間に週一回程度の学校開放、土曜日に学校の卓球部の練習に参加する程度の練習量、そして指導してくれるコーチもいないという状況では上達もままならない。現にゲーム形式の試合をしてもお母さんたちにもなかなか勝てないという現実を目の当たりにして、私も焦りました。

「このままでは今年もチームに貢献できないし、とても勝点はあげられない。」と感じた私はインターネットで卓球の技術指導をしてくれる場所がないか探してみました。すると思いのほか沢山の卓球教室があるではありませんか。

かつては1950年代から1960年代にかけて、卓球王国として世界に名を馳せた日本卓球でしたが、ヨーロッパ諸国、そして中国に圧倒されて長い冬の時代を過ごしていたのですが、天才卓球少女・福原愛ちゃんの出現もあり、私が卓球に興味を抱いたこの当時には、既に卓球ブームに火がつき始めていたようです。

そんないくつかの卓球教室の中から、通える時間帯で検索をかけたのですが、家庭婦人や小学生・中学生向けの教室ばかりで、なかなか成人男子が通えるような教室は見当たりません。そんな中で私の目をひいたのが、板橋区の某大学の卓球教室。藁をもすがる気持ちで連絡を入れて参加したのが、9月の半ば。それからの2ヶ月間は目からウロコの連続でした。やはり基本を習得することの大切さを教えられました。

こうして基本練習を週二回水曜日と土曜日の夜に受けて練習を重ねて、どうやら卓球の形にはなってきたおかげか、その年の大会は3勝1敗と勝ち越して終わることができたのです。

岸本正弘先生を偲んで

Date: 2010/10/04 11:45;25 Comments:コメントは受け付けていません。

先週の土曜日、今年の7月1日にご逝去された岸本正弘先生を偲ぶ会が、文京区バスケットボール協会の役員を中心に催されました。

岸本先生は文京四中を振り出しに、文京六中、文京七中と長きにわたり中学校のバスケットボールの指導にあたられ、特に文京六中を東京都のバスケットボールの強豪校に育てられた名指導者でいらっしゃいました。「男・岸本」の愛称のとおり、男子生徒の指導には特筆すべきものがあり、東京都最多の優勝回数誇る文京六中での実績は燦然と輝をを放っています。

私と先生との出会いは30数年前の中学生の時私の所属する文京五中は同じ区内に存在する六中を倒さなければ優勝できない宿命にありまた。私の先輩たちは、六中の厚い壁を破れずに準優勝が精一杯でしたが、私の学年は六中の選手層が薄く、チャンス到来の年でした。

二年秋の新人戦では一回戦で六中と対戦し、38対36での1ゴール差での勝利は我が校の六中からの初白星でした。三年春の大会は凖決勝で対戦、これは42対65の乱戦となり、区内最大の強力センター(2年生!!)を要する六中に軍配があがりました。そして雌雄を決すべく、最後の夏の大会は決勝戦での激突となりました。試合は序盤から一進一退の大接戦。3点差をつけて五中優勢のまま残りあと1分を切ったときです。勝利を確信した我々の監督が取ったタイムアウトで流れは一変し、岸本先生より最後の作戦を授けられた六中に連続で4点を取られて39対40の悪夢の逆転負け智将・岸本のイメージは僕の中に徹底的に刷り込まれました。

それから20年後、草バスケを続けるうちに文京区バスケ協会のお手伝いをはじめてから再び岸本先生とお話する機会を持つようになったのですが、お会いした岸本先生は僕のイメージの「智将」とは程遠い、やさしくて温厚な人格者でいらっしゃいました。そんな先生から、私の次男のミニバスケットボールでの活躍を「文京区に久しぶりに良い選手が出てきたね。」とお褒めのお言葉をいただけたのは望外の幸せでした。

バスケットボールとお酒と、そして子供たちを愛していた岸本先生。どうぞ安らかにお休みください。

合掌

お地蔵様。

Date: 2010/10/01 09:00;08 Comments:コメントは受け付けていません。

昨日、傘を差しながら歩いていたら、道端にお地蔵様をみかけました。お地蔵様といえば、思い出すのは次男のエピソードです。

当家の次男は小さな時から身体が大きくて、保育園・小学校・育成室とどこへ行ってもその友達の中のボスにおさまる器量をもっていました。縦・横ともに大きくて、いつも何人かの仲間を従えて昨日は児童館、今日は公園と遊びまわっていました。

そんなある日の放課後、育成室に鞄を置いてから、悪友のA君と二人で学校のすぐ近くにあるお地蔵様の前で遊んでいたのですが、何を思ったのか、二人でそのお地蔵様のかぶっていた赤い頭巾を手にとって遊んでいたあげくに、その頭巾をフリスビーのように飛ばしはじめたのです。

それを見ていた育成室のU先生に「こら、そんな事をしているとお地蔵様の罰が当たるよ!!」と怒られたのにもかかわらず、「罰なんか当たらないよ~だ。」と二人は走った逃げ出しました。

その日の夕方、家に戻ったA君は原因不明の高熱を出して翌日は学校を休み、我が家の次男は大切にしていた自転車が忽然と消えてなくなり意気消沈。二人とも見事にお地蔵様の罰を与えられたのです。その日から二人はU先生の言いつけに少し聞く耳をもつようになったのでした。(以上、U先生よりの伝聞です。)

そんな次男も今ではバスケットボール部のキャプテンを務める高校二年生。お地蔵様のおかげでなんとか素直に育っています。お地蔵様、U先生ありがとうございます。

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安全保障を置き去りにしてきたつけが。

Date: 2010/09/30 09:11;20 Comments:コメントは受け付けていません。

重い話題ですが、一言。

今般の中国漁船の尖閣諸島沖での領海侵犯事件で噴出した日本の弱腰外交。その根底には第二次大戦後、経済発展だけを国是として、日米安保に自国の安全保障を預けきりにしてきたつけが廻ってきたのだと思います。

第二次大戦での日本人の精強さに恐れを抱いたアメリカに、戦後65年かけて懐柔されてしまった日本の姿がそこにあるのでは。中国の発言はその正当性は論外としても、国家としては当然の姿勢。日本もこれに対抗してしっかりと自国の権利を主張し、その正当性を世界に示さねばならないのに、アメリカの影にかくれてその後ろで小さくなっていては独立国家としてあまりに情けない。

憲法改正、自衛隊の問題をはじめてして、日本という国家の輪郭をしっかりと整えることが必要だと感じさせられる事件です。